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2012-12-19(Wed)

理由に意味はあるの?

だいたいの場合は見て面白かったことに対して何か適当に理由を付けているだけなんじゃないかな?


例えば最近の自分の場合だと、ジョジョのOP。あのOPはいいOPだと思った。だからOPに対して実際に「いいOPだ」と言葉にした。ただ、自分はそこに理由を作って付け足した。「原作があってこそのアニメだから、原作を意識した漫画の一ページからキャラクターが動きだすようでいいね。原作へのリスペクトを感じる」と。別にそれはそう思ったから言葉にしたのではない。何か言わなければいけない気になって無理に理由を作ったのだ。ジョジョのOPが逆に、最後に原作に戻るという仕様だったならば、自分は「物語は原作というスタートへと帰ってくる。原作へのリスペクトを感じる」などと言っただろう。


他の人はそうなのかな? わからない。


やはり、作品を見ていいと思った、悪いと思った点は初めに感じたものを後から無理矢理に理由をくっつけただけなのではないか。作品を見てはじめに生まれる感情は面白い、つまらない、惹きつけられる、そんな直感的な部分だ。その時点で理由なんてものは存在しない。理由はあとから、それを感じた原因を探って生まれている。
その言葉によって製作者が勘違いをしてしまうならば、あまりにも不確定な言葉は発するべきではないのかもしれない。


けど、例えそんな見せかけの言葉だらけでも別にいいんじゃないかな。その言葉は理由の説明なのだから、誰かに何かを伝えたいという思いが起点となっているはず。その言葉が嘘だらけであっても、それは誰かに伝え、知ってもらうための言葉なんだから。目的があっての言葉なのだから。
例えばアニメの場合でも、初めて見た時には面白かったけど、ハマるほどの面白さではなかったという場合。そんな時に他の人が「このアニメのここがすごい」という記事を作ったとする。その言葉を読んだことにより、そのアニメで注目すべきところがわかり、見方が変わるなんてのはよくある話だと思ってる。
自分を見て欲しいというのではなくてだね。まあ自分がブログはじめた理由が「尊敬して欲しい」「かまってほしい」的なことだけどね。でも、最近はそういう気持ちは薄れているかな。だってね~w


ということで、更新を再開していきたいと思います。黄雷のガクトゥーンの記事を上げてこちらのブログでの更新を停止しようかとも思ったのですが、いろいろ考えた結果ここで続けていきます。ちなみに本当は今年は更新しないつもりでした。それではこのブログを読んでくれている人ありがとうございます。これからもちょくちょく更新していきます。ちなみに今日を更新再開日時としたのは、ブログ開設後約1000日目だからです。

それと、これから文章の書き方を一度変えますね(たぶん変え切れないけど)。今までは言い切りの形だとかは避けてきたのですが、変えてみます。説得力を持たせるには言い切りっていうのは知っていたのですが、個人的にそれは嫌いだったのでやらなかったのです。ただ、嫌いでもやらなきゃいけないことはあると思ったので変えます。 このエントリーをはてなブックマークに追加
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2012-03-27(Tue)

作品について我々はなぜ語る言葉を持たないのか

当たり前のように題名は過剰につけました。

私達が作品に対して語る言葉の多くは、「作品」ではなく「作品の要素」となっています。作品の要素とは、例えばアニメでは、ストーリー、作画、音楽、演技、などなどです。ブログなどで書かれる感想は、作品についてはあまり語られず、作品の要素について主に語られる場合が多々あります。実際私の記事を見返してみてもそうでしょう。
アニメを見て書いた感想の場合、「面白かった」は作品の感想。「音楽がかっこよかった」は作品の要素である音楽の感想。作品について語ろうとすればするほど作品の要素について語ってしまうのでしょうか。


ある友人が以前面白いことを言いました(以前に記事として作りましたが)。「ゲームとかアニメはいろいろな要素が合わさって出来ている。その要素が合わさった時に生まれる面白さというものがある。だから小説はゲームとかよりも下の存在だ」こんな感じのことを言いました。この意見は結構面白い意見だと思いますね。最後の一文に納得する人は少ないかもしれなせんが、前の分に関しては納得できると思います。実際私もその話を聞いた時納得しました。ただ、小説がしたというのは納得しないですけどね。小説は「無音」であることが魅力の一つだとも思っています。だから上の理論で行くと、その無音という要素が合わさった魅力が小説にはあると思います。上の理論じゃなければ、ないものが多いほど自分の中の欠片を組み合わせて自分の作品にできるという言い方もできますね。

と、話がそれました。

じゃあなんで作品について話す言葉を持っていないのかを考えたならば、感想として思ったことを言葉にする以上、誰かに伝えるという目的が大なり小なり発生しているという部分があるからでしょうか。A「○○という作品が面白かったよ」B「どこが面白かったの?」A「戦闘に迫力があって、あそこだけでも見る価値があるよ」みたいな感じですね。そして、狙いを絞って伝えることで興味を持たせるということも言えるかもしれません。声優だったり監督だったり、スタッフの名前系がわかりやすいです。


作品を作品として語るのって、考えてみると難しいのかもしれません。それと同時に、それぞれの要素が合わさった時に生まれる作品の魅力についても語れるようになると面白いと思います。アニメやゲームといういろいろなものが合わさって出来ているものだからこそ、合わさった時の感動をもっと伝えられるようになるべきだと思います。



と、思いついたことを適当に書いてみました。やっぱりこういう記事を作るのは慣れないです(というか怖い)。結論が出ていない部分は自分でもどうかと思う。あんまり言い訳めいたことを書きたくはないのですが、書いてしまいます。これを2周年記事とします。
というか感想という題名にもかかわらず、解説とか始めたりしてるところにはしばしば突っ込み入れたくなりますね。「その題名嘘でしょ?」って。でも、自分もそういう部分あるような気がするのであった。
さらにどうでもいいことを言うと、やっぱり何も言わずに黙ってて言葉にしなくても伝わるというのが一番な気はするのですが、そこにまで到達していない以上やっぱり言葉にしてでも一歩を踏み出さないと行けないんだなあと最近思うのです。 このエントリーをはてなブックマークに追加
2010-07-27(Tue)

ノベルゲームという媒体について

いくつかの作品について軽いネタばれがあります このエントリーをはてなブックマークに追加

ノベルゲーム(正確には違う部分もあるがここではそういうことにする)は本などと違ってい、今自分がどこを読んでいるのか、あとどのぐらいで終わるのかが分からない。この部分の欠点というのはもちろん予定が上手くたてられないことだろう。あと少しだから今日一気に終わらせてしまおう、ということができない。


逆にいい点は何なのだろうか? それは終わりがわからないためクライマックスと見せかけた演出などができることではないだろうか。わかりやすいところで言ったら「クドわふたー」のわふたー編とアフター編、CLANNADのアフター、リトバスのリフレイン、AIRのSUMMER編・AIR編。これらはプレイヤーが終わりがどこにあるのかを知らないからできた効果的な演出だと考えられる。おそらく今あげたものをプレイしたことがある人は変わるときに物語に引き込まれたはずだ。


私的なことだが最近アニメの「うみねこのなく頃に」を見ていたとき『ああ、これでハッピーエンドということか』と思った話数があった。だがそれは違ってどんでん返しが巻き起こった。私はそれが最終回ではないいうことを全く知らなかったため、大変驚いて物語に一気に引き込まれていった。


本やアニメの場合、上のような戦法が取れない。まだこれだけあるんだから何かが起こるんだろうな、と簡単に予想がついてしまうからだ。


マンガ雑誌などで『次回最終回』という文面を見かけるがそれのせいで驚きというドキドキ感は失われてしまう部分があるだろう。ただそのかわり、次がでてくるまで待つ時間のドキドキ感は膨れ上がる。そして最終回ということが告知されることで話題になり読者も増えるということになるのだろう。



少し話が脱線した気もするが簡単にまとめると(まとめるほど話していないけど)ゲームという媒体をちゃんと生かすというのは大切ですよね、ってことです。






たいして中身のない話でしたがこれで終了です。以前から思っていたことですが今回クドわふをやって書くいい機会だったので独立記事を書いてみました。その媒体を生かしたやり方をするって言うのはとても面白い例えば学園キノ2巻の(ネタばれのため反転)どけ(ちょっとうろ覚えですが…)は今まで見たことがないような方法を本という媒体を生かしてやっていたのが新鮮でした。マンガなどではよくありますがあれを小説でやったというのがすごいところ。

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2010-04-16(Fri)

『半分の月がのぼる空』実写映画化(二次創作?)について

二度消えました



何をもって半月と判断しているのか
作品の主題が違ければ、違う作品なのだろうか。私はそうではないと考えている。作品から受けるイメージは人それぞれである。


他の闘病系の作品との違いはどこにあるのだろう。あげられるのは、限られた永遠を生きていくこと、祐一の葛藤、キャラクターの魅力、文学作品の引用したりすることによる雰囲気、子供側と大人側(過去)の考え方、といったところだろう。


映画の後、書き直します。


ドラマ版は見れなかったことも多かったが半月だったと思っている(出来に関しては微妙だったが)。とりあえず里香の役者が健康に見えすぎていたことを覚えている。

実写だと現実の上にあるものに感じられ違和感を感じてしまう。

アニメ等だともともとが作られた物(絵)だから結構許される部分が多い。


映画という短い時間の中では主軸となる部分以外はカットされてしまうのは仕方がない。個人的には短い時間の中で、実写というものでどうやって原作を変えるのかすごく興味がある。どうせなら原作を無視してもいいと思っている(原作はもちろん好きですよ。)。


一言
映画では日常のなにげない音が音量が大きいため不自然に感じてしまいます。
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